- 確か中学の時だっけ、、、
大正か明治かは忘れたけど、あの時代の文豪の小説をよく読んでたな。その中で一番に惹かれたのが“地獄変”。あの話を読んだから、今の俺があるのかもしれない。原点とも言える。
ざっくり言えば、或る絵師が地獄を描くよう殿様に命じられた話。
内容はうろ覚え。だけど、読後の感動は今でも覚えてる。何年経っても色褪せない。
印象的だったのは、『見たものしか描けない』って絵師の言葉、殿様が絵師の目の前で愛娘を焼き殺したクライマックス、それでも描きあげた絵師の執念、描かれた地獄変の魅力。
文字として描かれていたはずなのに
脳内で再生されるのは、言葉にできない情景。
俺は、何度も思い出して、焦がれていた。
こんな思考になったのも、あのナギと名乗る女が“地獄”を見せるなんて言ったから。
俺にとって地獄といえば地獄変。それがどういう意味を持つか、わかっていたから提案した?
- あいつ俺の思考を読むしありえる、、、
真っ暗になった視界を静観している間、俺は胸にしまっていた憧憬を宝物のように愛でていた。たぶん、ほんの数秒くらいの間だと思うけれど。
走馬灯のように思考が巡っている。しょうがないな。これから地獄が見られるんだし、、、
プツン。
って途中でテレビが落ちたみたいに、感覚の一切が消えた。
- 虚無
最初に湧き上がってきた感情。違和感を覚えつつも、どこか共感してしまいそうで、
阿鼻叫喚
普通なら意識せざるを得ない、のに、繁華街の喧騒を他人事として受け止めてるように聞こえ
目の前に広がる白い海
違う
炎
よく見るとうっすらと蒼い。
激しさはなく、
ゆらゆらと 燃焼している。
粘り気があるような、、、
白い焔
空間全域に燃え広がっているからか、俺は海だと勘違いした。
なんとなく既視感みたいなものがあるけれど
記憶を遡った先で近いと思ったのは、
テレビに映された大規模な森林火災。
あれも夜だったか。
そうだ。あれは激しかった。
でもここは、、、
怪しい、、、
というか、暗い。
視野を広げればすぐわかった。
天上
見たこともないような暗闇
それが空にあった。
黒い、というか何も視えないから暗い。
白炎の海よりも恐ろしく見える。
言葉にするなら、、、
深淵
絶対に夜空とは違う何か。
なのに星が、
星のような煌めきが
時折、目につく。
白に近い銀色
プラチナみたいな眩い光
ポツポツと現れ、霧散していた。
それだけは綺麗で儚い。
けれど出現先
雲だと思っていたそれは、
深い紫の炎
地に広がる白い炎と反転して、天から下に燃え盛る。
赤い揺らぎを纏い、爛々と炎上している。
怖い、恐ろしい、そういうのが湧き出る。
同時に、
- 罪悪感
なぜか、赫赫とした黒紫の火炎に対し、ふと浮かび上がった感情。これは?そもそもあれは?
なんだ?地獄じゃないと思う。それよりも凄惨な何かだ。それに?罪悪感?
俺の感情じゃない。
ようやくわかった。
これはあいつの感情だ。記憶なのか。
だからだ。
冷静に見えるのは。
あれ、
でも、
じゃあ、
さっきの恐怖は、、、
あれは俺のだ。
間違いない。
たぶん、俺は今、あの女ってフィルターみたいなのを通して今の景色を見てる。それも間違ってない、と思う。でもやばいのは、それを突き破って恐怖が来てるってことだ。
だから
見続けるのはいけない。
直感的にわかる。最悪、俺が壊れる。
でも気になる。
意識を薄めればいけるか?
繋がった感覚に身を委ねるように、
ボーっと、、、
- 諦観 あるいは 傍観
改めてえらく冷静に見ていられる。
あいつはなんだ?
蒼さを纏う白い焔がゆったりと揺れている。
これはなんだ?
疑問は尽きない。
でも優先順位は低い。
焦がれた地獄の景色がそこにあったから。
描きたい。
どうしようもなく描きたい。
だから
脳裏に強く焼き付ける。
絶対に忘れたくないから
しっかりと見る。
出来る限り俺の感覚で
見る。視る。観る。
天上ではなく地獄を
見渡す限りの、白い焔を
不知火のような焔を
そして気づく。
ところどころに黒い陸地
島のようなものがちらほらある。
そこに建つ廃屋?
廃神社とか廃寺みたいなのがちらほら。
そこで暮らす異形の者たち。
妖怪や鬼のよう。
ところどころ白く燃えている。
けれどなんでもないように、
当たり前のように、過ごしている。
それと対照的に、濁った人型。
あれは一度だけ見たことがある。
幽霊だ。
阿鼻叫喚はそこから響いている。
戦々恐々とした亡者たち
白い焔が纏わりつき
淡々と焼く。
そこら中、広大な白炎の中、濁色のものが、
蠢いている。
救いを求めるように手を伸ばし、
うめき声をあげている。
それが数え切れないくらいに蠢いている。
死者たちは、誰も彼も
だから救いあげられるのは異形の者たち
けれど彼らは気にしない。
ただの日常風景として扱っている。
黒い岩のような陸地に、
なんとか這いあがろうとした亡者
それを煩わしいと、
鬼のような異形が、
金棒で叩き、
落とした。
白い山が見えた。
でも違った。
燃えていた。
よく見ると蠢いている。
濁色の塊たちが、
赤い固形のものを出しながら、
蠢いている。
あれは、たぶん、
積み重なった亡者が、燃えている。
それだけの風景なんだろう。
またあるところで、ひとりの亡者が
誰もいない陸地に這い上がった。
けれども
半身はすでに燃え尽き、
燃え広がり、
灰燼に帰した。
赤い、朱い、赫い、石を残して。
蒸発するように白い炎の残滓から
銀色の光が霧散して、天上に登っていった。
なんなんだろう。
ここは。
地獄か。
まさしく地獄だ。
そう思ってしまった。
地獄変の本を読んで、調べたものとは違う。
だけど、でも、なんとなく、
どこか合っているような、、、と、
考えていると、
視界が動いた。改めて辺りを見回すように。
そして、中央の島に目が留まる。
やけに仰々しい鳥居があり、
その先には大きな社。
襖は開いていて、奥に座す男がいた。
人間のような、そうじゃないような、、、
銅色の髪をした、やけに体格のいい男。
酒を飲みながら、和気藹々と、
異形の者たちと語らっていた。
- 嫌悪感。
- いや、他にも何か、、、
- ぐちゃぐちゃな感情
あの男に
というか地獄全体に、対して、
黒い感情が腹の中に渦巻いている。
なんだろうか、、、わからない、、、
俺の感情じゃないのは明白。
その感情が沸いた、矢先、視界が天を向く。
そして、
また、
- 虚無
ゾクリ、と
嫌な視線を感じた。
あの黒紫の火炎の先から。
これは俺の感覚だ。
これ以上は見たくない。
速く、早く、終われ。終わってくれ!
そう思った、
途端
プツンッ。
ブラックアウトして感覚が蘇ってきた。
俺の身体、感情、思考。
接続が切れたように
自分に流れてきた光景、体感が、
途絶えた。
でも、覚えている。
覚えている、
なら
- 描きたい
- 描かなければ
徐々に視界が戻ってくる。
けれど待てない。背負っていたリュックを下ろして胸元に抱える。手の感覚だけでジップを掴んで、リュックを開けた。
見えなくても感触でわかる。スケッチブックと色鉛筆が入った筆箱。片方の手で机の位置を確かめて、もう片方で画材を取り出す。
うっすらと現実が見えてきた。
左手で白紙のページを開き、右手で筆箱から十数本の色鉛筆を取り出して
カラララランッ。
とりあえず全部の色を机に広げて使いやすいようにして、ティッシュ、消しゴム、、、うん。
これで準備完了だ。
大きく息を吸って、目を閉じる。
さっき見た“地獄”を思い起こす。
地では怪しく燃え広がる、蒼さを帯びた白い焔。
天では激しく燃え盛る、黒紫の火炎と赤い揺らぎ。
ボロボロの廃殿とそこで普通に暮らす異形たち。
戦々恐々と叫び声をあげながら焼かれる濁色の亡者たち。
構図はどうでもいい。
見た光景を描けばいいだけ。
考えてる時間すら、惜しい。
目を開く。
視界が完全に戻ったのを確かめて
- よし
あとは思うがまま、、、描く。
記憶をそのまま写し出すように。
ただただ、描く。
見たまんま。そのままに。
あいつの感情じゃなくて俺の感じたものを、記憶から救いあげて、描く。描く。描く。
*
あの白い焔はどんな感じで揺れていた?あの妖しさを表現するには、、、この線か?違う。これか?違う違う、、、これだ。この感じ。薄い水色の色鉛筆で輪郭を描く。でもまだ足りない。指を舐めて湿らせ、腕で拭きつつ濡れ具合を調整して、描いた輪郭を滲ませる。そして薄く輪郭をなぞる。これでいい。
*
亡者たちの色は、茶色、、、はまだ早い。赤、橙、緑、紫、軽く重ねて描いて、消しゴムを軽く当てて色を薄くして、ティッシュで擦り色を混ぜ、また色を重ねて、、、この色、、、か?まだだ、、、そうだ。赤だ。赤の足し方だ。昔見た霊とは違うんだよ。あの地獄を描きたい。だから、、、
*
辺り一面の白い焔、揺らめくけれど、粘着質で、黒い岩の陸地は、ゴツゴツと、崖みたいに、たぶん硬い地面だ、だから輪郭はハッキリと、鬼たちもそうだ、でも亡者たちはぼやけていて、廃殿は朽ちた、あれは木材のような、天は暗く、黒く、でも紫の火炎に鮮烈な赤が重なって、白、銀、青、黄色、緑、眩い光、、、
あれは残酷な空間にある唯一の美しさだった。
確か、燃え尽きた亡者から湧き上がった光も同じように見えたな。そうだ!あの光を無残な亡者と対照的に描けば、、、あぁ、、、良い、、、良いな、、、
*
*
*
- 終わった
最後の仕上げを終えて、
ようやく気がついた。
散らばった十何本の色鉛筆。
描きあげた何枚かの絵。
机の端や床に払い落とされた消しカス。
絵を描くために使ったせいで
色とりどりになったティッシュ、そして指
汗だくの身体、息は荒く、
肩で呼吸していた。
そんな俺を、見ている、マスターとあの女。
- やらかした、、、
そう思いながら、呆然としそうになるのを必死に食い止め、なにか言おうと口を開く。
「えっと、、、」
「終わった!?見ていい!?」
真っ先にあの女が嬉々として声を上げる。
そしてマスターも粛々と、
「あの、良ければ私も見ていいですかね?」
なんて言ってきた。
いや、俺もまだしっかり見ていないんだけど。
でも二人は、期待に満ちた目を向けてくる。
断れない。
この状況、
なんか、
- 懐かしい。
いつだったか。
大学時代に描いた絵を見せてくれと周りの奴らが言ってきたっけ。あの時みたいだ。
嬉しさと少しの気恥ずかしさが湧き上がる。
でも、
- 見て欲しい
「いいですよ」
「やった!!」
「ありがとうございます」
二人は楽しそうに俺が描いた絵を見ている。
描いてる内容はアレなんだけど、、、
ただ、悪い気分はしない。
むしろ、、、
「なぁ千葉、私の仕事を手伝うならこういう景色をいくらでも見られるよ」
「やる!!!!」
条件反射で大きな声が出た。
理由は言語化できないくらいに溢れてる。
「で!だねぇ、、、いろいろ“条件”があるん、で、す、がぁ〜、、、」
不穏な笑みを浮かべていたが、この抑え切れない衝動を超えるほどのものはなかなかない。
この話へのコメント
新版第四話 描いてみたかった地獄変
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