メンタルクリニックの待合室。いつもは適当に時間を潰して、診察の時間が来るのが怠かった。それは今も変わらない。
けれど、今回は“別件”の相談もあるから、診察の時間が少し煩わしい。
「千葉詩生《ちばうたき》さーん。診察室1へどうぞ」
ようやく呼ばれた。少し足早に向かう。でも頭は少し混乱している。なにから話そうか。あらかじめ考えておくべきだったと思ったが、待合室から診察室までは目で見える距離だった。
ガッガラララ、、、。
動揺を悟られないようにドアを開けた。いつも思うが、少し建て付けが悪い。
「久しぶりだね千葉くん。君はいつ来ても顔色が悪いね」
「鬼海《きかい》先生こそ、患者に対する態度はもう少しマシになりませんか?」
「僕は人によって態度を変えてるからねぇ」
「ハイハイさいですか」
「そもそも薬がなくなってから来るんじゃなくて、予約通りに来ようね」
「すいません。気をつけます」
「やけにツレないねぇ。ふふ。そういえば君って仕事は休職中だっけ?それとも辞めさせられた?」
「辞めさせられました!さすがにこれ以上は待てないんだと言われましたよ!」
「それって復職に失敗したってだけじゃない?」
「そうですよ!」
「じゃあ今フリーなんだ。ちょうどいいね」
「なにがです!?」
「’こっちの都合‘だよ」
- なに言ってんだ。この医者は。
相変わらず性格が悪い。
見た目が好々爺のようだからこそ、余計にタチが悪い。
「あんたよくその言葉選びで精神科医なんてやってられんな」
「僕は君と違って社会人をやるのが苦じゃないし、それなりに権力はあるから」
「アンタの存在自体が業界の闇だよ。ってか人をサラッと社不みたいに扱わないでください」
「事実でしょ。君に社会人は向いてないと思うよ」
「はぁぁ、、、」
- それなら俺はどうしろと?
小さくため息をついた。いつも通り先生のペースになっている。今回は俺がしたい話は別にある。まずは“噂”の真偽を確かめないと。
あぁ、でも、言われっぱなしは耐えきれない。
「先生、上辺だけでいいんで言葉をオブラートに包んで話してくれません?診察ってデリケートな部位に塩を撒く行為のことでしたっけ?」
「じゃあ単刀直入に言おうか。知り合いのところで働いてこない?ちょうど‘紹介だけはしてある’から」
「なに勝手にしてんすか!?!?」
いきなり話が変な方向へ飛んだ。これに対応できる人いんの?いやその前に、患者の同意なしで仕事の斡旋って、どう考えてもアウトじゃないか?職権濫用が過ぎる。
- 絶対ブラックだ。この医者。
「紹介だけなら自由でしょ?それに君の判断の余地は残してるから」
「まず個人情報保護法はどこ行ったんですか?普通は患者に話を通しません?そういう意味で返事したんですけど!」
「どうせ家に引き篭もって絵ばかり描いているんでしょ?このままだとカビが生えてくるよ?」
「オブラートの意味わかってます?あんた医者だよな?オブラートって医学用語だったよな?」
「まぁまぁまぁ。落ち着いて」
「誰のせいだと思ってんですか!?」
「だって君、案外図太いから。言うほど傷ついてないでしょ?」
「はぁぁー、、、」
今度は長いため息が出た。
主治医を変えようかな。毎度毎度うんざりだ。
ただ、なんやかんやで診察がしっかりしてたり、処方された薬は効いている事実もある。一応は。
それでも、さすがに今回はお門違いか。
- 変な噂を信じるんじゃなかった。
「もういいです。さっさと薬もらって帰っていいですか?不眠がひどいです」
「それ問診票にちゃんと書こうね。そもそも“別件”で相談に来たんじゃないの?どうせ噂は聞いているんでしょ?」
しんどくなって俯いてた俺は、その言葉を聞いてバッと頭をあげた。直後、視線の先にあったのは悪どい笑みを浮かべた先生の顔。反射的に、ドン引きしかけたけどなんとか耐えた。一瞬、翁の能面をつけた妖怪かと思ったけど。
「その反応を見るに当たりだね。カマをかけた甲斐があったね」
「どの反応ですか?正直そういうレベルじゃなかったんですけど」
たまにこの人は、急に核心をついてくる。思考っていうか、俺が口から出す言葉、その出力過程を読まれている気がする。それがいつも気持ち悪い。
- やっぱ妖怪なんじゃないか。
「失礼なこと考えてないかい?」
- 顔に出てたか?
「人間として自然な感情が表に出たんだと思います」
「それを表に出さないのが社交術だよ?」
「話が進まないので、本題に戻りません?」
「そんな君に“ちょうどいい仕事先”を紹介しようと思ってだね、、、」
「わかってやってます?」
「ごめんちょっと楽しくて」
噂の信憑性は出てきた。ただ、それを上回るレベルで面倒になってきた。
「本気で帰っていいですか?」
「どこ行ってもダメだから僕のところ来たんじゃないの?」
「なっ!?」
- この人どこまで知ってんだ!?
「まずは、君が“悪夢”だと思いたがってるそれ。しっかりと“現実”だって認識しようか」
混乱している状況下で難題をふっかけるのは、さすがにやめて欲しい。
第一に、アレの存在を受け入れたくない。現実だというのなら、直視をしたくない。
「どうせ逃げられないと思うけど」
先生がボソリと呟いた。
「だったらどうしろっていうんですか!?」
「だから言ってるでしょ。まずは現実を現実として受け止める。それが君に必要なことだよ」
声を荒らげる俺に、先生は諭すような口調と声音で返してきた。
本当に本当に嫌なタイミングで正論を返してくるな。確かに言ってることはわかる。
だけど“こういうもの”に関して、正面きって『現実です』なんて断言されたのは今日が初めてなんだけど、、、
いやこれまでそういう話をしたことは多々ある。あるけど、だいたい結論は曖昧だったというか、、、いや、だからだ。怪談なんて曖昧だからこそいいんだろ。
そうだ。信じたくない。受け入れられるわけがない。そういうもんにしておきたいんだ、、、
- って、誰に言い訳をしてんだろ、、、
「じゃあ理解だけでもしようか。それなら難しくないんじゃないかな?」
「なんか思考読んでません?」
- しまった。いやしょうがない。
「僕はこれでも心理学はしっかり修めているから」
「それだけじゃないですよね?」
「心理学的観点からいうと、もうちょいバカになった方が生きやすいよ」
「ちっ」
- わかっている!そんなことは!
このブラック精神科医、俺の意図に気づいた上で、神経を逆撫でしてきたな。
- だとしても言葉は選べ腹黒。
「脱線はやめて、本題に移りましょう」
「楽しいから僕はいいんだけどね。君はなかなかの‘優良物件’だから手放したくないし」
「またなんの話です?」
「‘こっちの話’」
また脱線しそうだな。あと先生の方で話を完結させないで欲しい。
- 俺もそろそろ限界なんだけど。
「あはは、話を戻すからもう少し付き合ってね。とりあえず今の君の状態を説明すると、“手遅れの一歩手前”みたいな?」
- 精神状態かな。
- だったら原因は目の前の怪人だ。
「君に憑いてる“それ”の話」
「は?」
- 手遅れって、、、どういう、、、?
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新版第一話・上 自称ホワイトな精神科医
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