新版 / 第一章

第一話・上 自称ホワイトな精神科医

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メンタルクリニックの待合室。いつもは適当に時間を潰して、診察の時間が来るのが怠かった。それは今も変わらない。

けれど、今回は“別件”の相談もあるから、診察の時間が少し煩わしい。

 

「千葉詩生《ちばうたき》さーん。診察室1へどうぞ」

 

ようやく呼ばれた。少し足早に向かう。でも頭は少し混乱している。なにから話そうか。あらかじめ考えておくべきだったと思ったが、待合室から診察室までは目で見える距離だった。

 

ガッガラララ、、、。

 

動揺を悟られないようにドアを開けた。いつも思うが、少し建て付けが悪い。

 

「久しぶりだね千葉くん。君はいつ来ても顔色が悪いね」

「鬼海《きかい》先生こそ、患者に対する態度はもう少しマシになりませんか?」

「僕は人によって態度を変えてるからねぇ」

「ハイハイさいですか」

「そもそも薬がなくなってから来るんじゃなくて、予約通りに来ようね」

「すいません。気をつけます」

「やけにツレないねぇ。ふふ。そういえば君って仕事は休職中だっけ?それとも辞めさせられた?」

「辞めさせられました!さすがにこれ以上は待てないんだと言われましたよ!」

「それって復職に失敗したってだけじゃない?」

「そうですよ!」

「じゃあ今フリーなんだ。ちょうどいいね」

「なにがです!?」

「’こっちの都合‘だよ」

 

- なに言ってんだ。この医者は。

 

相変わらず性格が悪い。

見た目が好々爺のようだからこそ、余計にタチが悪い。

 

「あんたよくその言葉選びで精神科医なんてやってられんな」

「僕は君と違って社会人をやるのが苦じゃないし、それなりに権力はあるから」

「アンタの存在自体が業界の闇だよ。ってか人をサラッと社不みたいに扱わないでください」

「事実でしょ。君に社会人は向いてないと思うよ」

「はぁぁ、、、」

 

- それなら俺はどうしろと?

 

小さくため息をついた。いつも通り先生のペースになっている。今回は俺がしたい話は別にある。まずは“噂”の真偽を確かめないと。

あぁ、でも、言われっぱなしは耐えきれない。

 

「先生、上辺だけでいいんで言葉をオブラートに包んで話してくれません?診察ってデリケートな部位に塩を撒く行為のことでしたっけ?」

「じゃあ単刀直入に言おうか。知り合いのところで働いてこない?ちょうど‘紹介だけはしてある’から」

「なに勝手にしてんすか!?!?」

 

いきなり話が変な方向へ飛んだ。これに対応できる人いんの?いやその前に、患者の同意なしで仕事の斡旋って、どう考えてもアウトじゃないか?職権濫用が過ぎる。

 

- 絶対ブラックだ。この医者。

 

「紹介だけなら自由でしょ?それに君の判断の余地は残してるから」

「まず個人情報保護法はどこ行ったんですか?普通は患者に話を通しません?そういう意味で返事したんですけど!」

「どうせ家に引き篭もって絵ばかり描いているんでしょ?このままだとカビが生えてくるよ?」

「オブラートの意味わかってます?あんた医者だよな?オブラートって医学用語だったよな?」

「まぁまぁまぁ。落ち着いて」

「誰のせいだと思ってんですか!?」

「だって君、案外図太いから。言うほど傷ついてないでしょ?」

「はぁぁー、、、」

 

今度は長いため息が出た。

主治医を変えようかな。毎度毎度うんざりだ。

ただ、なんやかんやで診察がしっかりしてたり、処方された薬は効いている事実もある。一応は。

それでも、さすがに今回はお門違いか。

 

- 変な噂を信じるんじゃなかった。

 

「もういいです。さっさと薬もらって帰っていいですか?不眠がひどいです」

「それ問診票にちゃんと書こうね。そもそも“別件”で相談に来たんじゃないの?どうせ噂は聞いているんでしょ?」

 

しんどくなって俯いてた俺は、その言葉を聞いてバッと頭をあげた。直後、視線の先にあったのは悪どい笑みを浮かべた先生の顔。反射的に、ドン引きしかけたけどなんとか耐えた。一瞬、翁の能面をつけた妖怪かと思ったけど。

 

「その反応を見るに当たりだね。カマをかけた甲斐があったね」

「どの反応ですか?正直そういうレベルじゃなかったんですけど」

 

たまにこの人は、急に核心をついてくる。思考っていうか、俺が口から出す言葉、その出力過程を読まれている気がする。それがいつも気持ち悪い。

- やっぱ妖怪なんじゃないか。

 

「失礼なこと考えてないかい?」

 

- 顔に出てたか?

 

「人間として自然な感情が表に出たんだと思います」

「それを表に出さないのが社交術だよ?」

「話が進まないので、本題に戻りません?」

「そんな君に“ちょうどいい仕事先”を紹介しようと思ってだね、、、」

「わかってやってます?」

「ごめんちょっと楽しくて」

 

噂の信憑性は出てきた。ただ、それを上回るレベルで面倒になってきた。

 

「本気で帰っていいですか?」

「どこ行ってもダメだから僕のところ来たんじゃないの?」

「なっ!?」

 

- この人どこまで知ってんだ!?

 

「まずは、君が“悪夢”だと思いたがってるそれ。しっかりと“現実”だって認識しようか」

 

混乱している状況下で難題をふっかけるのは、さすがにやめて欲しい。

第一に、アレの存在を受け入れたくない。現実だというのなら、直視をしたくない。

 

「どうせ逃げられないと思うけど」

 

先生がボソリと呟いた。

 

「だったらどうしろっていうんですか!?」

「だから言ってるでしょ。まずは現実を現実として受け止める。それが君に必要なことだよ」

 

声を荒らげる俺に、先生は諭すような口調と声音で返してきた。

 

本当に本当に嫌なタイミングで正論を返してくるな。確かに言ってることはわかる。

 

だけど“こういうもの”に関して、正面きって『現実です』なんて断言されたのは今日が初めてなんだけど、、、

 

いやこれまでそういう話をしたことは多々ある。あるけど、だいたい結論は曖昧だったというか、、、いや、だからだ。怪談なんて曖昧だからこそいいんだろ。

 

そうだ。信じたくない。受け入れられるわけがない。そういうもんにしておきたいんだ、、、

 

- って、誰に言い訳をしてんだろ、、、

 

「じゃあ理解だけでもしようか。それなら難しくないんじゃないかな?」

「なんか思考読んでません?」

 

- しまった。いやしょうがない。

 

「僕はこれでも心理学はしっかり修めているから」

「それだけじゃないですよね?」

「心理学的観点からいうと、もうちょいバカになった方が生きやすいよ」

「ちっ」

 

- わかっている!そんなことは!

このブラック精神科医、俺の意図に気づいた上で、神経を逆撫でしてきたな。

- だとしても言葉は選べ腹黒。

 

「脱線はやめて、本題に移りましょう」

「楽しいから僕はいいんだけどね。君はなかなかの‘優良物件’だから手放したくないし」

「またなんの話です?」

「‘こっちの話’」

 

また脱線しそうだな。あと先生の方で話を完結させないで欲しい。

- 俺もそろそろ限界なんだけど。

 

「あはは、話を戻すからもう少し付き合ってね。とりあえず今の君の状態を説明すると、“手遅れの一歩手前”みたいな?」

 

- 精神状態かな。

- だったら原因は目の前の怪人だ。

 

「君に憑いてる“それ”の話」

「は?」

 

- 手遅れって、、、どういう、、、?

 

 

 

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